鈴木亜久里からのメッセージ

鈴木亜久里からのメッセージ

10年後、20年後のハッキリとしたイメージを持つ事。そうすれば、今やらなくちゃいけない事が、おのずと見えてくるはずだ!

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特別講師 鈴木 亜久里 氏

プロフィール
1960年生まれ。レースファンならずとも名前を知るモータースポーツ界の立役者。国内外のレースシーンに刻んだ輝かしい戦歴は数え切れない。
1990年日本GP3位、日本人で初めてF1の表彰台に上った。1998年ル・マン24時間耐久レース3位入賞。
ARTA(オートバックス・レーシング・チーム・アグリ)の監督を経て、スーパーアグリF1チームの代表としてF1に参戦した。現在は若手の発掘や育成に全力を注いでいる。

亜久里さんがレースを始めたきっかけは?

aguri01小さい頃、自宅の近くにレース場があってね。父親手作りのゴーカートで走リ始めたのが10才の時。これがレース人生のスタートかな。
よくカートはモータースポーツの原点といわれるけれど、運転免許がなくても参加できること、それとクルマのおもしろさが味わえたり、レースのかけひきなんかを学んだりできる点がいいね。ただ、レーサーは小さい頃からの経験や、持って生まれた才能が絶対条件というわけじゃない。やっぱりまじめに努力すること、一生けんめいになれることが、大事なんじゃないかな。これはレーシング・ドライバーに限ったことじゃないけどね。

F1ドライバーを意識し始めたのはいつ頃ですか?

aguri02僕が10代の頃は、今のように欧州のレースシーンがタイムラグなしに入ってくるような時代じゃなかったからね。F1なんてもう雲の上の世界だった。
でも、どんな世界なんだろうって、とっても興味があった。1976年に富士スピードウェイでF1グランプリが開催されたとき、パスもないのにピットにもぐりこんで写真を撮りまくったよ。もちろんつまみ出されたけど(笑)。
その時かな、僕もいつかF1マシンを自由にあやつってみたいと強く思ったのは。

現役時代、どんなことがつらかったですか?

aguri03本でレースに参戦していた頃は、のびのびと自由にやれていたと思う。でも、1988年にF1デビューを果たしてからは、常にプレッシャーがつきまとって、一瞬たりともレースのことを忘れたことはなかった。寝ているときでさえ、走ることを考えていた、ほんとにつらかった。
レースの世界では、ほんの小さなミスが事故の原因となったり、勝敗を分けたりするわけだけれど、何がくやしかったと聞かれれば、自分のミスだね。肉体的にも精神的にも、自分自身の限界と闘わなくちゃならなかったことが、いちばん苦しかったよ。

KADANの学生にメッセージを!

aguri04僕が将来を考えるうえで、いつも大切にしているのは、「こうなりたい」という自分のイメージ像なんだ。たとえば、一生かけて追い求めていくものが定まれば、10年後、5年後の目標がはっきりしてくる。そうすると1年、1ヵ月、毎日のなかでやるべきことが決まってくるよね。
若いときは、とかく流されがちだけれど、どんなことがあってもがんばろうという意思と情熱で、毎日をしっかりと積み重ねてほしい。夢はある日突然、実現するものではないことを、みんなに知ってほしいと思う。

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